u-jiro
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会社員 愛知県小牧市 30代 男性

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医学と経営学の類似している

そもそもこの命題は、私自身が言い始めたものではありません。私が大学院で学んでいたときに、ゼミの中で議論になったものです。そもそもこれを言い出したのは、とあるメーカーの管理職の方でした。もちろん、その方がそのこと言うと周りは即座に反論しました。「医学は自然科学であり、社会科学の経営学とは異なる」「自然科学である医学には正しい答えがあるが、社会科学である経営学には正しい答えなどない」「社会科学とは所詮、観察した結果を後付けで分類したり、公式を導きだしたりしているに過ぎず、再現性がない」などというものでした。

ただ、そのメーカーの方は、「薬の効果が人それぞれ異なるように医学においても、必ずしも公式通りの結果が得られるとは限らない」「経営学が再現性がないと思われているのは、正しい処置がなされていないからである(経営には様々な阻害要因があるので)。もし、何の制約もなく、正しい処置がなされるのであれば経営理論も再現性を持つはずである」と反論されておりました。その時は結局、両者の言い分は物別れに終わり、私自身も自然科学と社会科学は異なるという意見を変えることはありませんでした。

しかし、私自身が病気になって医者にかかった時、そのメーカーの方がおっしゃられていたことがまさにおこったのです。私は自分自身の症状にすぐに気づき、職場近くの医者にかかりました。しかし、そこでは、比較的軽微な病気と診断され、2ヵ月近く薬による療養をしておりました。しかし、まったく症状が改善しないため、別の総合病院に行って検査をしてもらったところ、すぐに入院をして手術をしなければならないと言われたのです。

この時、私は医学も経営学と同じなのだと痛感させられました。結局、症状を診断するためには、検査や触診などもおこないますが、患者にも病気の症状や病気になったと思われる要因をヒアリングしなければなりません。しかし、患者は医学の知識があるわけではないので、時としてはあやふやな感覚で症状を述べたりすることもあります。そうすると、当然そのなかには間違った情報やミスリードをおこす要因なども含まれる可能性が出てきます。前提条件が間違っていれば、当然そこから導き出される答えも間違ったものになるに決まっています。

その時の経験で、医学と経営学には思わぬ共通点があるのだなということを学んだように思います。

コメント

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u-jiro
u-jiro さんからのコメント
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愛知県
0か1かという風に議論が矮小化されると、なんとなく変わりたくない人達からの圧力があるのではないかと勘ぐってしまいますよね。まあ、1にしたい人達もあまり深く考えていないのではという疑念も残りますが。

話は少しそれますが、経営計画を策定する方法として、「ローリング・プラン」と「コンティンジェンシー・プラン」という2つの考え方があります。「ローリング・プラン」は、永続性を前提として、今日は昨日をもとにできており、明日は今日をもとにつくられるという思想のもとにつ一貫性を大事につくられます。一方、「コンティンジェンシー・プラン」は、現状の多様性や複雑性の前提のもと、複数のプランを策定し、状況に応じて、プランを選択するというものであります。

政治、行政をはじめ、日常生活に至るまでの多くのことが「ローリング・プラン」の思想のもとに動いています。もっと言えば、過去、現在、未来と少しずつ変化するというよりは、むしろ、過去を繰り返すだけというような人が、実際は大多数であるような気もします。

そのような状況の中、過去からのしがらみを絶って、新たなプランを選択するには何が必要なのか。例えば、一年のうち、生活の1割程度を変化させるだけで、その人の人生は劇的にイノベーティブになるような気がするんですけどね。まあ、去年と同じことやってた方が楽ですしね。
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shigeo
shigeo さんからのコメント
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会社役員・顧問
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愛知県
森羅万象、「科学する」という意味では、プロセスが似てくるのかもしれませんね。

少し話が違うかもですが、僕の印象では、実は理系頭の人のほうが、「曖昧さ」「グレーゾーン」に対して許容範囲があるように思います。

例えば、原発事故のときに「安全なのか?危険なのか?」と黒か白か、ゼロか1か、みたいな詰めより方をするのは、文系頭と思われるような人たち。理系頭の人のほうが、様々な要素や尺度があって、それによって危険とも言えるし、安全ともいえる、と言っていたような感じがしました。
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