ニューカマー
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大震災に関する論考のなかには、いくつも興味深いものがあります。
その1つが「大震災は、過疎地域の時間を早送りしてしまった」というものです。

被災地の多くはもともと過疎地域であり、地震や津波、原発事故を機に、さらに住民が離れてしまいました。地場産業はますます疲弊しています。特に貴重な若い人の移動が激しく、「いずれ訪れる未来が一気に到来してしまった。。」という論考は、たしかに的を射ています。

その意味で被災地とは、全国の多くの地域にとっての「未来の姿」でもあります。
今後の自らの姿を省みる貴重な素材として、被災地に起こる悲喜交々を真剣にとらえ、急ぎ「賢く縮める地域戦略」を練り上げなければなりません。

過疎地域のために使うことができる財政の余力には、おのずと限界があります。
それらを踏まえ効果的に地域を縮めていくためには、各界各層における人材育成(内部人材の育成、外部人材の登用)と、意思疎通(政治家と有権者、専門家と住民、住民同士など)が試金石になると思います。

拡大する社会をつくることは、ワクワクする光に満ちたものです。しかし、縮む社会をつくることは、必ずしも眩い(まばゆい)ものだけではないことでしょう。
その意味で、ノリや勢いよりも、理念や知性、品格のバランスが重要です。強い使命感と心地の悪い不透明感を重ね合わせて、ギリギリの取り組みを進めていくことが「日常の作法」となることでしょう。

人間愛だけでは、社会を変えられません。
ですから、特に若い私たちは、そっと涙をぬぐって、
自分を鍛えなおす努力に向かわなければならないことでしょう。

読んでいただきありがとうございました。

~ニューカマー~

コメント

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u-jiro
u-jiro さんからのコメント
職業
会社員
都道府県
愛知県
縮む社会というのは、実際は被災地だけに限らないのかもしれませんね。

過疎化に悩む農村、漁村。特に地方に行けば、それが現実のものとなっていると実感します。そのような状況の中、我々の意識・思考のレベルから転換を図らなければならないのでしょう。その最たるものが、「金銭的な価値感からの解放」なのかものしれません。経済成長しなければ、今の生活は維持できないという発想からどう脱却するのか?今とは違った価値観を持つにはどのようにすれば良いのか?例えば、年収300万円でも、賃金が上がっていかなくても、幸せに暮らす方法はあるのか?

実際に環境はそのような形になりつつある気がします。ただ、昔ながらの価値観に支配された我々が、それを受け入れたくないために、永遠に続く成長物語というフィクションの中で生きているような。

大手企業が賃金のベースアップを発表する中、円高の影響で日経平均は大きく値を下げました。この相矛盾するような事象は、経済成長という幻想に対してのなんらかの警鐘なのでしょうか。
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